もの造りにかかわる人は必読
藤本 隆宏
日本経済新聞社 (2004/06)
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日本のもの造りは、現場の組織能力は高いがその割に儲からない、といったことが多いと言われてきましたが、その状況に対して、もの造りの現場からの戦略論を提唱する、というのがこの本の主旨です。
もの造りに対する長年の研究による深い洞察を通して得られた知見を元に、日本のもの造りをもっと強くしていくためにはどうしたらよいかを深く追及していて、筆者の日本のもの造り現場に対する熱意と愛情が伝わってくる1冊です。
なお、ここでいう「もの造り」は、形ある物を作り出す自動車や機械などの製造業だけでなく、加工食品などもそうだし、ソフトウェアやサービスを作り上げるような活動も「もの造り」としてとらえることができでしょう。
まず興味深かったのが、「もの造り」に対するとらえ方。
最初に、もの造りを行う企業を評価するために、企業が持つもの造りに関連する能力について以下のような枠組みを提案しています。
もの造りの組織能力 -> 裏の競争力 -> 表の競争力 -> 収益力
もの造りは、
- もの造りを行う組織がもつ、効率的なオペレーションを安定的に実現できる能力や継続して学習・改善を行っていくことのできる「もの造りの組織能力」に支えられて、
- 実際にもの造りを行う現場における生産管理や効率などの生産性、リードタイム、歩留りなどで評価される「裏の競争力」を持ち、
- 市場に対しては価格、品質、ブランド、サービスなどのパフォーマンスを表す「表の競争力」によって顧客の評価を獲得し、
- そして、それらを総合した結果として得られる「収益力」につながる、
といった構造になっている、というものです。
これは、よく見ると、バランススコアカードの4つの視点「財務」「顧客」「内部業務プロセス」「学習・成長」と同じことであるということに気づくと思います。
また、「もの造りとは設計情報をさまざまな媒体に転写していくことである」という考え方がとても興味深いと思いました。例えば、
- 「製品開発」とは設計情報を作り出すプロセスであり、
- 「生産」は設計情報を材料に転写することであり、
- 「販売」は設計情報を顧客に発信することであり、
- 媒体に設計情報が載せられた「製品」を顧客に届け、
- 顧客はその設計情報を「消費」する、
という具合です。
こうやって設計情報の流れに注目してみると、「製品が持つアーキテクチャ」という考えに自然に行きつくと主張しています。ここでいう「製品が持つアーキテクチャ」とは、設計者がその製品の設計をどのような「基本的なものの考え方」で行っているかを表す概念として定義しています。
そのアーキテクチャは、
- インテグラル(擦り合わせ) or モジューラー(組み合わせ)
- オープン or クローズド
という2つの観点で区分されていて、それぞれの組み合わせにより、
- クローズド・インテグラル
- クローズド・モジューラー
- オープン・モジューラー
の3種類に分かれます(インテグラルは通常社内や企業グループ内で閉じているのでオープン・インテグラルはない)。
モジュラー型は、汎用の共通部品を組み合わせて製品を作り上げる形態で、自転車やPCなど部品のインタフェースが規格化されていて、どこから部品を購入してもその組み合わせによって製品ができるような製品です。規定されたプロトコルを実装するコンポーネントを組み合わせて作り上げられるコンピュータ・システムやパッケージソフトの組み合わせで作られるような業務アプリケーション・システムなどもこの部類に入ります。ある1つの機能をある1つの部品が提供する、といったように、機能と部品の関係が1対1になっているというのが特徴です。
対するインテグラル型は、機能と部品の対応が錯綜しているのが特徴です。例えば代表的なインテグラル製品である自動車を例にとると、乗り心地や快適性、走行安定性といった品質を実現する機能は特定の部品のみで実装できるものではなくて、複数の部品に機能が偏在していたり、それらの関連や絶妙に調整されたバランスの中で「擦り合わせ」により成り立っている機能である、と考えることができます。車の他には、高機能な家電製品や高度な精密機械、ゲームバランスが重要であるゲームソフトなどがこれにあたります。また、日本で特に多いといわれるカスタムメイドで構築される業務アプリケーション・システムなどもこの部類に入ると思います。
そして「もの造り」は、この「ある製品が持っているアーキテクチャ」と、「ある国の企業が持っている組織能力」との相性がよい場合に、高い競争力を持つことができる、というのが著者のスタンスです。
「ある国の企業が持っている組織能力」は、基本的には地域ごとにおける初期条件や経済環境などによって影響を受けた共通体験により形作られる、と述べています。
例えば日本の製造業では、戦後の成長期に、人手やリソースなどの不足する中で競争・成長する必要があったために、長期雇用、長期取引などが根付き、いわゆる「あうんの呼吸」だったり、情報共有だったり、緊密な連携が必要になり、統合能力や調整力を得意とする組織になっていった。また、アメリカの場合は、移民の国であるため異なる文化を持つ人たちが協調するために、明確なルールを定めることが必要で、そのルールの元で能力を発揮することで成功していく、という社会的背景があり、明確なルールと役割分担決めて生産を行うタイプのモジュラー型の生産に強い、と述べています。また、1章を割いて論じられている中国は、安価な(ただし高度でない)労働力をほぼ無制限で供給できるような環境があり、労働集約的なモジュラー型製品の生産に向いていると述べています。
このようにそれぞれの地域においてそれぞれの過程を経て形成された組織文化に基づく組織能力があり、それにマッチしたアーキテクチャを持つ製品を扱うことで競争優位を確保できる、と主張しています。
中国脅威論が叫ばれて久しいですが、労働集約的なモジュラー型製品についてはすこぶる強いが、擦り合わせが必要な製品や、現場のもの造り能力がものをいう製品の生産では、現時点では日本は中国よりずっと先進的であり、確かになんでもかんでも中国が脅威だと主張するのは感情的な反応でしょう。
また、競争力と収益力を混同した議論が行われていて、経済環境の変化などによって収益力が下がると、日本の製造業のもの造り能力(裏の競争力)まで下がってしまったように誰もが勘違いして、日本製造業悲観論的な状況になったこともありますが、実際は裏の競争力は高いレベルで維持されていて、ただし、表の競争力が弱いので、収益になかなか結び付きにくい、という状況に陥っていると述べています。
ここで筆者が提唱しているのは、「強い工場・弱い本社」から「強い工場・強い本社」への転換ですが、ヨーロッパのようにデザインやブランド構築力を中心にするのでも、アメリカのような発想力・構想力でもなく、裏の競争力を地道に強化してきた日本なりのアプローチを提唱しています。これが、「現場発の戦略論」という本書の骨子になっている主張です。
ここで提案しているのは、「アーキテクチャの位置取り戦略」という考え方です。
(あとで追加)
全体に、「もの造り現場」に対する熱意と愛情が随所に感じられて、熱い思いを感じることができます。また、「もの造り」に対する認識の枠組みや捉え方についてとても論理的な考察が行われていて、非常に有用な知識とすることができるでしょう。
「もの造り」にかかわる人は、「もの造りとはなにか」を深く考える上での必読の書と言っていいでしょう。お勧めです。
「日本のもの造り哲学」 マインドマップ